海軍と経営
  その失敗と成功からの教訓
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  元海軍主計少佐 海経教官兼監事 吾郷喜重著(海経26期)
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  序   文
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  この書はいわゆる海軍式経営について論じようとするものではない。海軍式経営と言われるような、もって範とすべきものが、もし日本の海軍にあったとすれば、それは組織が巨大であり、かっ機能を重んずる軍隊という集団であったが故に生まれたものであろう。かつての海軍は組織、制度をかなり機構的にして、人間の勝手な判断をできるだけ排除して運営するようになっていた。軍隊という巨大組織で機能本位の集団を動かすためであり、欧米の企業とやや似たところがある。このバタ臭いところが、戦後、海軍式として注目を浴びたのであろう。
 私のこれから述べる海軍は、機能本位の欧米風の組織機構の中にあっても、その運営は欧米人の真似ではなく、結局日本人らしいやり方をやっていたことに関するものである。海軍式と言われる機構も、しょせんは欧米からの借衣装である。欧米風の借衣装に身を包んではいたものの、日本人の本音が衣装を通して見え見えであった。
 私は昭和9年海軍経理学校に入校して以来、11年半海軍にいた。海軍を退いてすぐ会社勤めを始めたが、それからでも39年になる。合わせて50年を、組織の中でばかり過ごしてきたことになる。
 その組織が海軍であろうが、企業であろうが、また、その企業をいろいろに変わっても、組織論という見方で見る限り、そこに働く人々は同じような考え方で生きており、日本人として似たよう営みが繰り返されていた。そして氣ついて見ると、企業の中で営まれている日本的経営は、国際的な脚光を浴びるまでになっていた。  組織論で見る限り、海軍でも企業でも、日本人は同じような考え方、そのやり方をしているのに、一方は失敗に終わり、一方は成功を収めている。これはどうゆうことなのかと考え始めて10数年になる。
 その失敗と成功の軌跡を追い求めようと、まず手始めに日本人の特質について考えて見た。次いで、日本的経営と言われるものの本質が奈辺にあるかを探って見ようと思い立った。このあたりまでのことをまとめたのが、前著『日本的経営三十年の証言』である。
 そしていよいよ海軍と企業、すなわち日本的経営の組織論的対決である。海軍というからには、少なくとも自ら経験したことに触れざるを得ない。触れると、いろいろな人のことがあれこれ頭に浮かんでくる。武運拙く幽明境を異にしている多くの先輩、友人、教え子のことを思い出すのはつらく、ましてや組織論の対象として海軍を論ずることは、私を育ててくれた海軍を批判する結果にもなりかねない試みであり、到底できないと諦めていた。
 このような心境で思い悩んでいると、ある人から次のように言われた。
 「戦前の軍隊であれ、戦後の企業であれ、同じ日本人が動かしている。戦前も戦後も、日本人の物の考え方、やり方は変わってはいない。戦前と同じような演歌を歌い、同じ祭りに踊る。今の日本人だって、戦前と同じ環境に置かれれば、同じように戦争に入り、同じように負けるであろう」
 「かつての軍隊の経験を持つ者は、生き残った申しわけなさや、日本を敗戦に導いた責任感から、黙している人が多い。その心情はよく分かるが、かつての日本人が、何故そのような行動をしたか、そして日本人の行動図式が戦後も変わってはいないのだということを言わないで死んでいったら、日本人はあの戦争で何も学ばなかったことになる」
 「戦前は、海軍という組織の中で、主計といういわば組織を眺め得る立場からアメリカの軍人と戦い、戦後は一流企業の経営責任者として平和時のアメリカ人との交渉を経験した人はそう多くはいない。そういうあなたの経験から、日本人とはどのような民族であり、どのような長所、短所を持っており、今後の国際社会の中でどのように生きるべきかを、あなたが語らずしてだれが語るのか」
 「亡くなった人は、書きたくても書けない。言いたくても言えないのだ。あなたが書くことは、亡くなった人々への供養になるのではないか」
 ここまで言われると弱い。もともとその気があったのだから、免罪符をもらったような気になってしまった。   日本人が、同じような考え方で、海軍においても企業においても似たような営みをやっていながら、一方の組織が失敗し、他方の組織が成功したのは何故かそれは組織に与えられた条件なり環境が著しく異なっているからである。
 すなわち、海軍の組織が巨大であったことと、平時と戦時という全く異なる二つの環境に相対していかなければならなかったこと、この二つである。戦時は、一瞬の判断がものをいう特異環境であり、総力戦としての理詰めの世界でもあった。同じ日本人が、同じような考え方で組織を動かしても、巨大組織の運営が下手で戦時的対応に適さない日本人は失敗に終わり、組織の大きさが手頃で市場原理の作用する経済中心の平時を舞台とすれば、日本的経営として成功に至るのである。
 これらのことを本書の終章で取りまとめた。それまでの章は終章に至る道程である。
 第 1 、第 2 章は、私の日本人観を通して見た海軍と企業における自らの軌跡である。そして第 3章が、その日本人観であり、本書を一貫して流れるバックボーンになっている。前著『日本的経営三十年の証言』の中の日本人論を短く取りまとめたものである。 
 第 4 、第 5 章の日本的経営については、前著とは全く別に、新たな視点からこれをとらえた。日本的経営論の総まとめでもあるが、終章を理解しやすくするためのものでもある。
 この本の基になった多くの経験の場を与えてくれた海軍、三菱レイヨン、日本瓦斯化学〈現三菱瓦斯化学〉、東京計器に感謝する。また、その間にお目にかかった人々には、すべて共同執筆者として感謝したい。
 なかでも、この本が世に出る直接の動機となった「供養と思って書け」と言ってくれた河部 煕君に感謝したい。同君とは東京計器で、私の下で働いていたことから知り合ったのであるが、、第5期兵科予備学生出身の海軍士官でもあり、コンピュータを東京計器に導入して計数を扱っていたという、私といくつかの共通項を持っていたことから、同君と意見を交すことによって、ややもすれば止まり勝ちな筆が進んで行った。同君には多くの資料を提供して頂いたし、原稿をワープロで浄書もして頂いた。同君なかりせば、この書はこの世に出なかったと思う。
                            吾 郷 喜 重
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