海軍思い出すまま
 元海軍主計少佐 岡田貞寛著
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 海軍ありのまま  ー序の代えてー
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  阿 川 弘 之
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  岡田さんが11年の歳月をかけて完成なさった此の大作には、従来の海軍関係回想録に欠落しがちだった幾つかの特色が見出せるやうに思ふ。
 その1、弁解や自己正当化の気配が全く無いこと。これは、読む者にすがすがしい印象を与ヘる。
 その2、日附や時刻、物事の名称や数量が正確に書き記されてゐること。こまかな数字一つ挙げるにも、それでいいかどうか確める為、著者はずゐぶんな労力と時間とを費したらしい。さすがもと主計長の記録と、読む者に信頼の念を起させる。
 その3、話の途中でしばしば脱線なさること。脱線と道草とは、此の種の物語やエッセイをふっくらさせるのに大切なものだけれど、本線から脇道へそれるわけで、下手するともとの針路が分らなくなる。中々むつかしい。テイカンさんは、それを程よくやってみせてをられる。
 その4、ユーモラスな記述が多いこと。「ユーモアを以て事にあたれ」とは、英国に学んだ帝国海軍の士官たちが代々語り継いで来た言葉のやうだが、さて、書きものの上でそれを発揮しようとすると日本男児本来の生真面目さが出るのか、あまりすっきり行かないところを、テイカンさんは上手に生かしてゐる。
 その5、海軍回想記を書き残すなら美点も欠点もありのまま、はっきり書いて置かなくてはといふ姿勢が、随所に見受けられること。海軍伝統の気風や風習をこよなくなっかしみながら、手放しのネイビー礼讃にはしてゐない。
 「海軍のよくなかった面も堂々と書き残せ」との高松宮殿下のお言葉 ( 直接は「思い出のネイビーブルー」の著者、兵学校68期 松永市郎大尉 に対する、殿下72歳の時のお言葉。岡田さんの「あとがき」参照 ) は、岡田さんにとって我が意を得るものであったらう。
 「海軍の美点長所ばかり書いていても、後世のためにはならないからね。むしろ、欠点や短所を書き残しておくと、それが後世役に立つ」
 実は此の宮様語録、私が松永市郎さんの直話を自分の著書の中で紹介したのを、岡田さんが「あとがき」に引用なさり、それを私が此処ヘ再引用してゐるので、甚だどうもややっこしい。ややっこしいけれど、その点だけお許し願って言ふなら、右に挙げた五つの基本姿勢で貫かれたテイカン随筆、実に爽かで面白い。我々海軍生活の経験者ばかりか、戦後生れの若い人たちに読ませても、尽きせぬ興趣を感じるにちがひない。
 私の大好きなエピソードを一つ・・・。 
 戦争末期、岡田さんの任地セブ島の根拠地隊ヘ、新しく着任した経理学校8期後輩の主計中尉にあなたが有名な岡田さんですか」と言はれ、何が有名なんだと聞き返すと、後輩の中尉曰く、「ドイツ語の伊藤教官が25期の岡田という生徒は授業中ずっと眠りっぱなしだった。あんなに寝た男を見たことがない』と言っておられましたので・・・」
 海軍の美点とか欠点とかいふ段階の話ではないけれど、これ亦、テイカンさん御自身若き日の「ありのまま」の姿であらう。さうして、読む者誰もが微笑をさそはれるであらう。
 「海軍思いだすまま」を、私は貴重な「海軍ありのまま」物語だと思ってゐる。
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