三六会(新) 会員情報  第5号 2015年(平成27年)10月更新
               
 
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1,近況報告~1月
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○ 亀井 敦
   
最終級会より早や二年半の時の流れに驚いております。
   相変わらず恙無く介護老人施設の管理を続けております。
   米寿を迎え元気、今年10月靖国神社昇殿参拝、帽子台に触ってきました。
   「大事に風雨から守っております」との職員の言葉でした。 
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○ 小菅 重男
   年の初めにあたり皆様のご健勝ご多幸を心から祈念申し上げます。
   そして、災害のない年になりますように。
   満九十歳、年毎に認知症が進行(高齢者講習で自覚)。
   適期の施肥、灌水を忘れていたり、重い九号鉢を抱えて諸とも仰向けに転倒
   するなど、昨年の菊栽培は散々でした。しかし、菊は一年勝負今年は頑張り
   ます。
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2,近況報告~2月
○ 若野 實穂
   
年をとると正月は目出度くもあり目出度くも無し、今年で卒寿を迎えます。
   膠原病・強皮症とは名と裏腹に手と指の皮膚が薄く弱くなってくる感じです。
   毎日手や腕をこすって病に抗っています。
   もう一つ厄介なのが切断した左足(腹部大動脈瘤手術時の敗血症併発)のう
   ずきで最近は何かに依れるか支持してもらって精々50m位という状態、辛
   うじて寝たきりにならずに済んでいる状態です。
   皆様のご健康を衷心よりお祈り申し上げます。
○ 森田 治男
   
戦後70年となり米寿となりました。
   
ぼつぼつ鬼籍に入る人も増えて来ました。懐かしい人の訃報を聞くだびに淋
   しい限りです。
   私も介護支援2ですが、今日まで命永らえて余生を有意義に過ごしたいもの
   です。学生時代社会人現役の頃を懐かしく思うとともに、戦時中の厳しい頃
   を思い出しています。
   時代は変わりましたが、海軍時代の絆を強く持って行きたいものです。皆様
   のご多幸を祈ります。
○ 北村 紀雄君が逝去された
   
北村紀雄君が2月14日呼吸不全のため逝去された。13日の金曜日には体
   調が良くないにも関わらず銀座ライオンでの三六会月例会に出席していた。
   帰り際には相当息が苦しそうだったのでタクシーを呼び心配しながら見送っ
   た。家についた時は上がり框に座ったまま動けず、息子さんの奥様が立てな
   い北村を抱えて部屋に寝かせ、その夜順天堂大学病院の医師である息子さん
   が自宅で点滴をして様子を見守っていたが、一応落ち着いたので2階の自宅
   に戻ったという。しかし、翌日様子を見に下の部屋に行ってみたら、椅子に
   座ったまま息絶えていたそうである。彼らしい大往生であった。
    通夜・告別式はまとめて22日(日)午前11時から碑文谷会館で執り行
    われる。
○ 2月19日付けの川畑勇夫君から通信
   
まだまだ参る気はありません。元気で生き抜きましょう。
3,近況報告~3月
○ 中平 健吉君が逝去された
   
高橋元清君から、中平健吉君が3月7日に逝去された旨連絡を受けた。病名
   は不明で
ある
   告別式は3月20日、11:00から港区赤坂の霊南坂教会で執り行われる。
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○ 海軍経理学校35期生徒の卒業70周年記念大会
   
上記大会が3月30日 内幸町の記者クラブで開催された。
   31期から37期までの海経出身者と35期の遺族を含め総計43名が集い
   大変な盛況であった。
   出席者は次の通り。
    31期 遠山菊雄
    32期 岡田正次 奥野恒夫 柳川 隆
    35期 池田英夫 大野義夫 渋江 覚 篠原清健 高橋信雄 滑 尚眞 
        藤崎 勇 桝田果知郎 吉本眞兵衛
    36期 飯田和夫 垣水孝一 門脇倹治 佐々木麟太郎 高橋元清 
        藤本欣吾 渡邉満雄 和田 宏
    37期 味戸道雄 伊富貴徹二 岩田 章 立花士郎 東 正恒
        福川辰郎 水谷 弘 水谷浩二 宮内英夫
 
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4,近況報告~4月
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 ○ 山田 泉 の次女 山田万里さんからの通信 (4月14日)
   
ご無沙汰しております。父に代わって筆をとります。
   先週末4月10日夜ショートステー先より連絡あり、急変救急搬送にて、現
   在県立循環器呼吸器病センターに入院。呼吸苦のため酸素マスクと点滴、痰
   吸入を頻繁に行っています。レントゲンでも肺に影があり、誤嚥性肺炎との
   ことでした。高齢でまた全身レベルでここ2年の間に次々と変調でダウンし
   ており、今回そろそろ自宅で看取りの準備をとのことでした。昨年冬施設生
   活3年の後在宅介護に切り替え、残りの時間をゆったり温かく過ごせるよう
   にと思っていましたが、海軍魂なのか父は幾度も向き合って頑張ってきまし
   た。
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5,訃報~6月 
○ 信夫(旧姓 長谷川)邦三君が、6月4日食道癌のため逝去された 
6,訃報~6月
○ 山田 泉 の次女 山田万里さんからの通信(6月21日)
   父 山田 泉は6月5日未明永眠しました。
   4月頭、呼吸苦で救急搬送、2か月入院の後、自宅に帰り眠るように旅立ち
   ました。看取り勧告、余命宣告もうけていました。今春から誤嚥性肺炎レベ
   ルが進み、心臓疾患と併せて、昼夜つらい時間も増えていましたが、どんな
   につらい時でも「大丈夫だ」と返ってきました。両手は何かしっかり握りし
   めていないといられない位心身のつらさと背中合わせだったのですが。
   父は、昔一時期病気を怖がり、認知症で惑ったりしましたが、晩年は特に最
   後の方は、頭もしっかり、思いやっりを忘れず、病気と長い間最後まで弱音
   を吐かず、向き合っていました。
   生前の父の意思により、家族のみの葬儀を行いました。父にとって思い出深
   い三六会の方々も高齢化しているが、万一の場合事後の連絡をするようにと
   のことでした。
   三六会の皆様には長年にわたる親交を、感謝申し上げます。皆様の長命をお
   祈り申し上げます。
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 7,訃報~6月
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○ 齋藤正彦君からの訃報(6月15日)
   当方妻の信代が去る5月31日早朝心臓病による肺炎で84歳の生涯を終え
   て逝去致しました。私共は一昨年6月1日に結婚60年(ダイヤモンド婚)
   を祝いましたが、今年の記念日を一日前にして天に帰りました。長年生活を
   共にした家族の一人を見送る悲しみはどんな慰めの言葉によっても癒されそ
   うもないと痛感しています。この秋90歳を迎えますが、日々に険しさを増
   す老いの坂道を健康で歩み通したいと存じます。36期では長年の友人でし
   た中平健吉君が逝去し淋しくなりました。素晴らしい生涯だったと存じます
   。8月15日の終戦記念日垂水の分校から原爆焼野原の広島を通って山口に
   帰郷した日を思いだします。愛する日本の平和と繁栄を祈りつつ、近況ご報
   告まで。
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8,渡邉満雄君が老人ホームへ入居
       新秋を台風15・16号が運んできましたが、快晴の陽光を望むこの頃です。
   今年は終戦70周年の年であり、小生は7月に卒寿を迎えました。幸いに3
   月までは行事に参加出来、感激を新たに致しました。
   ところが、春過ぎから体調が急変し、食欲不振・体重急減・歩行困難と続き
   持病の難聴も悪化、「要介護」になってしまいました。
   備え皆無でありましたので、突然のことながら、この度「老人ホームへの入
   居」を決めました。
   長年のご交誼、ご支援に対し心から感謝し、厚く御礼申し上げます。
   先ずは取り急ぎお知らせ申し上げます。
     平成27年9月11日                渡邉満雄
   1、留守宅連絡先  長男  渡邉 透
     〒194-0001
     東京都町田市つくし野4-21-32
   2、本人居所
     〒192-0043
     八王子市暁町1-47-1  シルバービレッジ八王子
          
9,訃報~9月
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○ 鈴木誠二君の奥様淑子さんからの連絡 (9月30日)
       9月21日午後7時41分、鈴木誠二君が膵臓癌のため逝去された旨奥様の
   鈴木淑子さんより連絡がった。
   最後まで海軍時代のことに想いを馳せていた由、奥様から海経の友人各位に
   厚くお礼を申し上げて下さいとのことであった。
 ○ 9月12日 相馬庸郎君の訃報
   奥様 佐紀子さんからの葉書
   夫相馬庸郎は平成27年9月12日脳梗塞が原因で亡くなりました。
   平成22年から5年間の闘病生活でした。84歳までは社交ダンスを月4回
   も楽しんでいましたのに残念です。
   いつも三六会の会報を熱心に読んでおりました。
   永い間お世話になりました。三六会の皆様に感謝しております。
   皆様お元気でお過ごし下さいませ。
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 ○ 8月28日 田村義智君が逝去された
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10,新三六会の集い~10月9日 
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       10月9日 月例三六会サロンを銀座「サッポロライオン」で開催した。
   久し振り本田 豊君が出席、総勢7名で過去を偲び談笑した。

     

          左から 垣水孝一・佐々木麟太郎・原 宏・高橋元清・本田 豊・藤本欣吾・西村忠弘
 ○ 11月24日 鳥取高明君が逝去された
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