三六会(新) 会員情報  第6号 2016年(平成28年)
               
 
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1, 若野實穂君逝去
  昨年12月15日若野實穂君が永眠された旨、奥様の富美子んからの寒中見
  舞いで連絡を受けた。
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2, 近況報告~(1月)
 
○ 岩脇 蕃君から
  
昨年初期に肺気腫の診断を受け、徒歩時に息切れの激しい実情を理解、市内
  
の移動手段をJRからタクシーに変えて楽になりましたが、財布が悲鳴をあ
  
げ大変です。家の中は楽に歩けるので、生活は普通に出来ます。今後とも宜
  
しくお願いします。
 
○ 高達虎二郎君から
  
三六会諸兄の消息も最近は全く解りませんが、小生はお陰様で病気らしい病
  気もせず、老妻と二人で毎日を送っております。これも経理学校時代築地で
  鍛えられた賜と感謝している次第です。また貴兄(高橋元清)の如く幾つに
  なっても仕事をもって社会に貢献して役立っておられるのと較べると恥しい
  次第です。
 
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○ 西部 實君から
  
三六会会員諸兄明けましておめでとうございます。
  35期卒業70周年大会及びそれに関連する諸資料等の一切をご送付頂き、
  大会の状況並びに諸兄の動静等を知ることができました。
  35期篠原先輩並びに西村兄には大変感謝しております。
  さて小生の現況ですが、昨年初め以来の脊柱管狭窄症による右足痛は何時の
  間にか消失しており、リュウマチも寛解に向かっておりますが、慢性閉塞性
  肺疾患は重症化との医師の御託宣です。
  あまり安静にして「呆け」てはと思い、時々水彩画を描いております。
  監査懇話会(各会社の監査役経験者による横断的組織)のグループ展と上野
  の森美術館主催の年1回の「日本の自然を描く展」の公募展に毎年出品して
  おります。
  現在は「怒るな、転ぶな、風邪引くな」をモットーに日々を送っております。
 
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○ 森田治男君から
  
年賀状を交換している人は夫人から訃報がきますが、それ以外の人の消息は
  不明です。私は小脳出血の後遺症で歩行が若干困難です。平成25年末の三
  六会の名簿がありますがその後どうなったでしょうか。戦後70年たって、
  世の中も随分変りました。戦争経験者の悲惨な話が紙上を賑わしていますが
  、我々生を得ているだけで幸いと感じます。消息を年毎に知らせるように葉
  書を頂いてから5年たってしまいました。皆さん如何でしょうか。三六会会
  員一同のご多幸をお祈り致します。
  
○ 亀井 敦君から
  
昨年は三回短期間の入院をしましたが、現在一応元気、特別養護老人ホーム
  の施設医を続けております。
  
静岡県も同期生が減り淋しくなってきました。
  
皆さんのご健勝を祈っております。
 
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3、福間 喬君逝去
  平成27年12月29日福間 喬君が逝去された旨、加藤昭三君を通じ奥様
  の福間智恵子さんから
連絡があった。
4、大森 喬君から近況報告~(2月)
  平素はいろいろ有難うございます。
  昨年は頸椎の手術を受け2月27日から7月25日まで5か月間入院・治療
  ・リハビリを受けて今はほぼ自立の生活をしています。以下病状等を記しま
  す。
   ◎ 一昨年暮れから指先に痺れを感ずるようになり昨年2月27日検査入
     院。その時既に歩行困難な状態で、病名は「頸椎症」で靭帯が神経を
     圧迫する症状でそのまま入院、3月27日手術をうけました。(神戸
     医療センター)
   ◎ 4月17日リハビり専門病院に転院し7月25日退院まで専門スタッ
     フの指導による機能回復の日課をこなしました。
   ◎ 以上の経過を経て、両手・両足の指先の痺れは多少残ってはいますが
     加齢による足腰の衰えにも負けず夫婦共々それなりに元気に過ごして
     おります。
5、5月13日の三六会サロン~銀座ライオンにて
   5月の三六会サロン(銀座ライオン)に久し振り地引正雄君が出席した。
   出席人員も卒寿のメンバーとしては珍しく9名の盛会であった。(高橋元
   清君は仕事で早退した)

     
      
藤本欣吾   和田 宏  佐々木麟太郎  西村忠弘
             本田 豊   地引正雄  原 宏     垣水孝一
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6、5月 門脇儉治君からの連絡
  今年もはや新緑の候となりました。
  さて、私こと、今年10月で満90歳を迎えますが、鎌倉市今泉台の自宅で
  の単身生活には、些か不安な気持ちが生じて参りました。
  就きましては、この度、次女井上正子の住まいに近い下記に居を移しました
  ので、ご一報申し上げます。
  皆様方におかれましても、ご達者に人生をお過ごし頂きますようお祈り致し
  ております。
   新住所; 〒211-0041
        神奈川県川崎市中原区下小田中2-37-1
           ボンセジュール武蔵小杉221号
            ☎℡ 044-750-4831
           
7、5月14日 三輪辰郎君の奥様 宮子さんからの便り
  初夏の訪れを覚えるこの頃です。
  長らくお世話になりまして有難うございました。今頃になりましてこの葉書
  の存在に気付き代筆で申し訳なく存じながら近況を連絡致します。
  主人三輪辰郎は20年余り糖尿病のクリニックに通いまして食事に気配りし
  ながら元気で居りましたが、物忘れの傾向が見られるようになり、未だ認知
  症との診断を頂かないうちから、医師の指導の下お薬を頂いておりました。
  やがて徐々に病状が現れ、遂に施設への入所をお願いしました。当初は元気
  に過ごしておりましたが徐々に体力も衰え、現在は老人性低栄養という事で
  入院を余儀なくされ、栄養を取り入れるべく処置をしております。
  おそらくは今後本人から連絡を差し上げることは出来ないと思いますのでこ
  れが最後の近況報告となると存じます。色々お世話を頂き厚く御礼申し上げ
  ます。三六会の皆様のご健康をお祈りいたしております。
8、6月10日 三六会サロン
  6月の三六会サロンは初夏の陽気に恵まれ、垣水孝一・佐々木麟太郎・高橋
  元清・西村忠弘・藤本欣吾・本田 豊・和田 宏の7名が出席して歓談した。
  今月から常連だった原 宏君が、心臓発作の心配があるので一人での外出を
  控えるようドクターストップが出たとのことで残念ながら今後この会には出
  席できなくなった。
  今月は久し振り銀座8丁目の海軍バー「ヨーソロ」に行き二次会を楽しんで
  きた。

        

                     藤本欣吾   高橋元清   西村忠弘    本田 豊   佐々木麟太郎
9、菅原常雄君逝去
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  本田 豊君から6月のサロンの席で、「如水会報」に、菅原常雄君が1月25
  日に亡くなったという訃報が掲載されていた旨紹介された。
 
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10、8月吉日 飯田和夫君からのレター
  私こと家内の介護度が重くなり、併せて私の体調不良の為、下記の住所に居を
  移しましたので、ご連絡致します。皆様方のご健康をお祈りいたします。
    横浜市金沢区東朝比奈3-24-5
      シニアフ
レスト横浜金沢410号室 045-789-0055 
11、8月26日 飯田和夫君からの連絡
  広島県廿日市市に在住だった堤田豊穂君が3月29日に亡くなった旨ご次男の
  堤田穣次さんから知らせがあった。ご次男の住所は
    岡山市南区豊浜町8-44 ℡ 090-5264-5539   
12、大羽 裕君逝去
  11月7日 和田 宏君からの連絡があり、静岡県伊豆の国市に在住だった大
  羽裕君が2月24日逝去された旨ご子息からの喪中挨拶状で知らせがあった。
13、西部 實君逝去 
  奥様の西部歌子さんからの手紙
   夫西部 實儀11月3日入院先の病院にて肺炎の為92歳の生涯をとじまし
   た。葬儀は個人の意思により近親者のみにて11月9日相済ませました。こ
   こに生前のご厚誼を深謝し、謹んでご通知申し上げます。何よりも海経時代
   をなつかしみいつも会合にはいそいそと出かける後姿が目に焼き付いていま
   す。昨年より急に体力が衰えて今年8月中旬脳梗塞を併発し入院致しました。
   一時はリハビリを始めるまで頑張りましたが、遂に力果て静かに息を引き取
   りました。葬儀場には海軍時代の写真、好きだった水彩画などを飾り、本人
   もさぞ満足だったのではないかと推察しております。皆様方には厚く御礼申
   し上げます。
14、高坂信一君逝去
  ご長男高坂信貴氏からの喪中挨拶状が届いた。
  父信一が1月9日九十歳で永眠しました。天寿を全うした安らかな旅たちでし
  た。生前のご厚情に深く感謝いたします。
15、矢吹二郎君逝去 
  矢吹二郎君が10月31日老衰のため逝去された旨、ご子息から連絡があった。
  後日“偲ぶ会”を行うとのことである。
 
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16、高達虎二郎君からの近況報告 
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  今年も何時の間にか残り少なくなってまいりました。
  小生はお陰様で体の方は特に悪いところも無く毎日を過ごしておりますが、ゴ
  ルフは全く出来なくなり、頭の方は年相応に老化が進んでおり、全く情けない
  次第です。只車の運転だけはボケ防止の為と思って続けています。
  大羽 裕兄、西部 實兄の訃報を受け、本当に残念でなりませんでした。
  向寒の折柄ますます御身ご大切に。皆様良い新年をお迎え下さい。