人   口  % 
 明治生まれ         355 千人     0.3% 
 大正生まれ       6,622 千人     5.6% 
 昭和4生まれ      99,976 千人    78.6% 
 平成:令和      20,817 千人    15.5% 
  
高木 寛 の時事放談

  217号 令和3年2月1日

 
 
時事短編
日本の人口
 先日発表された我が国の元号別人口概数は次の通りです。(2020、10月現在)
    












 これを見ますと、ここ当分の間は三代前の昭和生まれの時代が続くことでしょう。
 一方私の属する大正生まれはもう完全な少数派で、毎年 1%ずつ消えて行くと
 令和6年 にはいなくなる計算です。どこかで聞いた話ですが、我が国の人口は
 8千万位まで落ち た時点で減少が止まるとのこと。
自民党の行方
毛を吹いて傷を求める

 前号で菅の安倍に対する態度が変つたと述べました。引き継いでから何ヶ月も経つのに、顔を合わせたのはたった一回、30分程度に過ぎず、菅の相談相手は専ら安倍とはそりが合わない二階堂幹事長になっています。
 菅が首相になれたのは“安倍の任期の余りを埋め、後任者に引継ぐまで”と誰もが了解したからで、“首相の後任”と思った人はいなかったでしょう。況して「桜を見る会」などを持ち出して
“毛ヲ吹イテ傷ヲ求メル”ためでは無かった筈です。
間違い
 長い間官房長官をしていて内外の事情に詳しくはなったにしても、その対策を講じたり、海外の重要人物と“丁々発止”とやり合ったりする力量を菅が持っているとは思えません。しかも自民党内に何の勢力も無く、70才を超えた高齢で政局を維持するのは不可能でしょう。ですから彼の仕事は安倍元来の任期(今年9月)が切れるまで繋ぎ、後を後継者に任せることだと宣言すべきでした。
 そうするとばかり思い込んだ党内では当初70%もの人気が出たのに、首相に居座る様子を見せた途端30%台に急落してしまいました。
変わる天下の形勢
 米国の大統領が民主党員に代わりました。
 戦後75年間米国はおおよそ半分ずつ「共和党」と「民主党」の大統領によって統治されて来たことは先に述べました。そして民主党大統領時代には日本とのソリが合わず、いつもガタガタしたものです。思い返せば戦争を仕掛けられたのも、原爆を落とされたのも民主党の大統領時代でした。 さあ自民党はどう対応するか?です。
K国
北鮮へ平身低頭

 去年暮脱北者などが“韓国の民間情報を北へ風船等で送る行為を禁止する法律”が韓国議会を通過しました。長く認めていたこの方式を北鮮「金正恩」の一声で止めたのです。 また文が大統領就任から4年も外務大臣として使っていた康外務大臣(女性)を今年初「金」の妹「金与正」の一声で首にしました。
 これで文が完全に北鮮の「走り使い」に成り下がったことが分かります。 
韓国の労働運動
 この国では左翼の大統領の下で労働組合の力が強く、特に自動車メーカーの組合は横暴を極めているようです。米国系のGMもひどく痛めつけられ、毎年赤字だと言うのにストの切れ目がありません。
 グーグルで我が国自動車メーカーの長期ストライキを調べてみましたら、70年程昔の昭和28年(1953年)に100日程続いた日産自動車まで遡ることが分かりました。そしてニッサンは自動車製造日本一の地位をトヨタに明け渡したのです。
大統領と検事総長
 韓国の法務大臣の検事総長への指揮権発動が度重なつてトラブルになったことは先月号で述べた通りです。そこで文大統領が検事総長職務を二ヶ月間停止しようとしたところ、最高裁から横槍が入って取り消され、文のメンツが丸つぶれになり、喧嘩相手の法務大臣は辞職しました。
 今までと違い、民衆の大半は検事総長に味方し、来年の大統領選挙ではこの「検事総長」の人気が最高になっていると言うのが皮肉です。
詐欺と偽証が多い国
 話がチト逸れます。世界各国で最も多い破廉恥罪は“他人の物を盗む”「窃盗」ですが、韓国は例外で“他人の所有物を騙して自分の物にする”
「詐欺」の方が多いそうです。しかもその多くの被害者が「知人」だと言うから驚くではありませんか?
 また法廷で
「偽証」が一番多いのも韓国で“もしバレても決して謝らず、ケロリとして言い変える”ところが特徴だそうで、我々には想像も出来ません。
イランとの紛争:信義もへったくれも
 昨年末イラン沖で韓国の油槽船が拿捕されました。理由はハッキリしませんが、韓国が数年前にイランから買い付けた石油代金の未払い約720億円の支払いを催促してのことだと言われます。 韓国は米国が世界に要求している「イランの孤立化」を良いことに、この膨大な金を「未払い金」に計上したまま支払わず、その利息を懐にいれているらしいのです。
 話は飛びます。我が国が昨年韓国を一級国から格下げした理由が「弗化水素関係3品目の横流し事件」でしたが、その商品の一部がこの石油代金返済のためにイランに転売されていたことが判明しています。
 ことほどさように韓国と言う国は金にさえなれば
“信義もヘッタクレもなく”すぐ転ぶのが分かるではありませんか?
コロナ/ワクチン:あらゆる思案
 一昨年暮に突然コロナ問題が起きてから丸一年、使用ワクチンの特許、販売契約や生産準備が進んだ大手メーカーと各国との契約状況が明らかになって来ました。
 最も早く且つ大量の買い付け契約をしたカナダが今年早々全人口の5倍分にも相当するワクチンの供給を受ける外、我が国を含め殆どの先進国が人口に見合った数量以上を確保していることが判明しています。
 ところが驚いたことに、この「コロナ騒動」にいつも先頭を切って走っていると豪語していた韓国がワクチンについては人口のたった2割相当分しか確保しておらず、しかもそのワクチンもまだ正式な生産許可を受けていないことが判明したのに各国は驚きました。
 そこで困った韓国が
“アラユル思案”を巡らした結果、「人口の2倍以上も買い付けたカナダから余分を買い取る」「1億の人口の日本が契約している“2億人分”の余りを譲り受ける」と言う結論に達した・・但しこの二カ国の承諾はまだ受けていません・・ と言う情報が流れています。
 レーザー光線照射、軍艦旗の忌避、慰安婦問題、炭鉱夫強制労働などの「言いがかり」に加えて新しく「ワクチンの無断強制買い入れ」が出て来たのにはビックリです。
逆方向への疾走
 一時70%を超えていた文大統領の支持率が昨年半ばから落ち始めましたが、なかなか40%を切らなかったのは労働組合や左派の固定票の外に全羅南、北道の後援があるからだと言われていました。
 しかしこのところの彼の
「逆方向への疾走」のあまりのひどさに尖鋭な労組は別として他の応援団は尻込みしてしまい、支持率は一挙に35%を切るまでに落ち込みました。
慰安婦問題の判決
 今年に入り韓国の地方裁判所が日本政府を相手に慰安婦問題の賠償金を請求した裁判で“原告勝訴の判決”が行われたのに対し、日本政府は上告手続きをしませんでしたので、この判決が最終となりました。アチラの裁判所は日本政府が“オソレイリマシタ”と大金を支払うと考えたとしたら、余りにも非常識ではありませんか?
 他国政府を被告とするこの何ともバカバカしい裁判で、文大統領さえ一言も言えず、ただ韓国衆愚の「バンザイ」を聞くだけになっています。 
 それより前政権との合意で我が国が韓国に送った十億円の残金がどうなっているかをまず明らかにすべきでしょう。関係者がこっそり山分けにでもしているかも知れません。
反日個人への報復
 文が大統領就任後我が国に対する不法行為は枚挙にいとまなく、関係した官吏、裁判官などを含む韓国人の氏名はすべて分かっています。
 従って両国の国交が正常に戻った際はこれら「反日犯人」の姓名を発表して日本への入国を禁止すべきです。もしこれが国際法上出来ない場合は“これら人物が入国した場合日本人の個人的報復行為が考えられる。しかしこれらの行為防止は我が警察の能力を超えるので、該当する人物の入国は歓迎出来ない”と公表すべきです。臆病な彼等は決して来日しなくなるでしょう。

          油壺から(106)
元号と西暦
元号

 元号がまだ存在する国は世界でも日本ぐらいでしょうが、それも心細くなってきました。西暦は大正時代には影も形もなく、昭和でも戦前は“紀元は二千六百年・・”と歌われて、“西暦のセの字もありません”でした。 
 戦後占領軍の発表がすべて西暦で行われ、我が国でも使われるようになりましたが、昭和天皇崩御はあくまで“昭和64年”で、1989年ではありません。
 平成に入りますと、市販の日記やカレンダーが当初は「平成10年(1998)」でしたが、後半には「2016年(平成28年)」と逆になり、「令和」ではその併記も怪しくなつて来ています。
悲劇的だった平成
 率直に言って平成は良い時代ではありませんでした。
 グーグルでこの時代の大きな事件を大雑把に拾い出してみますと、
平成 3年:雲仙大災害発生43人行方不明、 
   7年:オウム真理教事件       
   8年:村山内閣成立、瓦解, 
  13年:株価 1万円割れ, 
  15年:完全失業率最高
  21年:鳩山内閣・・以下二代民主党内閣 
  22年:日本航空破産
  23年:東日本大震災
と続き、国中が沸き返るような良い出来事は記憶にも記録にも残っていません。。
皇后陛下
 それにも拘わらず国民が平成を懐かしむのは両陛下、特に皇后殿下の控え目で上品な様子に非常な親しみと懐かしさを覚えるからでしょう。
 昭和34年、ご成婚のお披露目が行われた時は、全国津々浦々でテレビの視聴率が最高となったのが何時までも頭に残ります。
 ニューヨーク・タイムズでしたか、皇太子妃を
“Millers Daughter”と書きましたが、妃殿下は確かに日清製粉社長の娘さんでしたから“粉屋の娘”には違いありません。
 しかし昭和天皇の皇后は意地悪で、美智子さんをいじめたそうですし、これに悪のりした宮内庁の女官どもが妃殿下の使う「手袋」などをわざと間違えるなど意地悪をしたと聞きます。
天皇制
 ジンム、スイゼイ、アンネイ、イトク・・大正、昭和、平成と元号は続きますが、令和になると天皇制も影が薄くなり始めました。しかも平成までは天皇に次ぐ皇族が表面に出ることは殆どありませんでしたが、令和になると次男とその嫁さんまでがシャシャリ出て来て主役のように振る舞うことさえあります。特にその妃殿下と称する人物は意地が悪く、宮内庁からの差し入れ役人が次々と逃げ出すなど評判が最低だそうです。
昭和 
 大正天皇が身体不調で皇太子(後の昭和天皇)が摂政を務められましたので、昭和時代になりますと“昭和、昭和、昭和の子供よ僕たちは、姿もキリリ、心もキリリ・・・”などと誇らしげに歌われ、大正生まれの私も歌いました。
 “鳴った、鳴った、ポーポ、サイレン、サイレン、ランランチンコン、夜明けの鐘々”
は昭和8年の暮の皇太子(平成天皇)誕生の歌でした。
忠と孝
 我々が育った古い世の中では、人生は
「忠と孝」とから始まつたものです。
忠:殿下はまだ出んか?
 小学校三年まで私は長野県の上田で育ちました。今は公民館と呼ぶ公会堂に或る宮様が光臨(顔を出すの敬語)されると言うことで近所の人達と駆り出されたことがあります。 ところが待てど暮らせどその皇族がお出ましにならないので、シビレを切らしたある男が
 
〝殿下(デンカ)はまだデンカ?〟
と叫んだところ、どこからか警官が出てきて連れて行かれてしまいました。これが戦前の不敬罪の現場でした。少しでも皇室関係の悪口を言おうものなら手が後ろへ回ったくらい皇室は“尊敬され”たり“強請され”たりしていたのです。
孝:孝行をしたい時分に
 戦前忠義の次に強く言われたのは親孝行でした。
〝孝行をしたい時分に親は無し〟
が戦後〝孝行はしたくないのに親があり〟に変わり、間もなく〝孝行とは何のことだと 親に聞き〟に発展したとはどこかで書いた覚えがあります。
 関西に多い「ポックリ寺」とは老人が家族に迷惑をかけずポックリ死ねるよう願をかけに行くところと聞いていました。しかし最近では参詣人の半分は若い人だそうで、「高齢の親がポックリ行くように」願をかけると言うことですが“マサカ?”と思います。
ケイタイ語
背(タケ)比べ

 童謡の
「背比べ」の一節に〝昨日比べりゃ何のことたった羽織の紐のたけ〟 とありますが今の子供には「羽織」が分からないと言う理由でこの歌自体を教科書から削ったと言うのには驚きました。分からないことを教えるのが学校ではないですか?、円周率も3.14ではなく、3.1或いは3.0と教えたそうで、その後このあきれた「ゆとり教育」を提唱した係官はどこかへ飛ばされ、“無残な最後を遂げた”と言うことです。 
メール語
 今の子供は小学校の頃からケイタイ電話でメールのやりとりをしますから、言葉が昔の「電報用語」のようになってしまい、読む力も無くなります。
 〝ベンケイがなぎなたをもってさしころした〟を
 〝ベンケイがな ぎなたをもってさ しころした〟
と読んで意味が分からなかったと言う「ウソのようなホントーの話」か「ホントーのようなウソの話」があります。
 日本語は難しい・・・だから小学校からシッカリ教えなければなりません。役に立たない英語などを教えている暇はないのです。
使われなくなった言葉の例
 いつも使っていたのに今では全く使われなくなった言葉があります。その幾つかを挙げておきます。
あ行: 色目、色眼鏡、按摩、色仕掛け、隠居、幼なじみ、おはこ(十八番)、
    一張羅、烏合の衆、エンヤコーラ、 あかぎれ、               
か行: 下駄(を履く)、カフエ、首っ丈、苦学、心意気、小用、後架、臥薪嘗胆
    剣幕、ご不浄、口三味線、月賦
さ行: シャッポ、接吻、さるまた、女給、女中、所帯、ステテコ、しもやけ、
    疎開、書生、三下、三助、細君、サバを読む、雀荘
た行: 大八車、筒井筒、年増、胴巻き、唐変木、土方、トンズラ、低脳、
な行: 乗合自動車、女房、ノータリン、
は行: ポマード、ハイカラ、薄情、バスガール、バンカラ、 ブリキ、別嬪、
    徘徊、奮発、兵児帯、勉強(値引き)、旗日、半ドン、飯盒、ビリヤード、
ま行: 耳輪、無情、三行り半、元の木阿弥、モボ/モガ、ももひき
や行: 野暮、ヨイトマケ、夭折、横丁、
ら行: 了見、悋気、ルンペン、露地裏、
わ行: 草鞋、若後家、若禿げ、

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