高木 寛 の時事放談

  2019号 令和3年4月1日

 
 時事短編
東日本大震災から十年
惨禍の大要
この大災害を要約しますと
 ①日時:平成23年3月11日(2011年)(金)午前11時37分
 ②震度:マグニチュード9.0・・日本最大。震度最高7
 ③津波 :高さ最高9.3メートル
④被害者:死者約1万5千人、行方不明約7千6百人、負傷者約5千4百人
⑤浸水:約561平方キロ(山手線内面積の9倍)
被害地域
被害のあった都、県、
① 東北地方:青森、岩手、宮城、福島、秋田、山形 
② 関東地方:茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、
の13都県  (被害の極めて少なかった県を除く)
経験
 当日11時過ぎから私は三井物産繊維部門OBの囲碁会でお堀の真ん前の物産ビル13階で碁を打っていました。
 大地震はまず上下に揺れると聞いていましたが、いきなり大きな横ぶれが来たと言う感じでした。真っ正面の気象庁のビルがいきなり「く」 の字に“たわんだ”からです。
 そこで私がとっさに考えたのは“このビルはすぐ潰れる。私が死んだ後子供達がうまく後始末をして欲しい”でした。
帰宅まで
 このような大きな揺れが何回あったか覚えていませんし、極く短い時間だったでしょう。しかしこの地震では帰宅は出来まいと考え、ケイタイで呼び続けましたが私の住んでいる老人ホームには繋がらず、アッと言う間に日没を迎えました。
 碁を打っていたOBも社員も帰宅できる人は皆帰ってしまい、残った人々は会社から毛布を借りて長い一夜を過すことになったのです。
 翌3月12日の土曜日は休日で、残留者は早朝から帰宅を急ぎました。私の乗る京浜急行は品川駅始発から運行を始めたという情報でしたが、地下鉄の泉岳寺からは一駅歩かなければなりません。2~3キロはあったでしょう。しかし84才でも杖もつかず、中途で休みもせず歩き通したのは海軍での鍛錬のたまものと感謝したものです。
政府の醜態
 ただ当時の民主党政府は最悪でした。
 前任の鳩山が沖縄で“最低でも県外”の大味噌をつけて退陣後、“島根県あたりの村長も勤まらない”ような菅直人(カンナオト)がこの大地震の後始末担当となったのが我が国にとっては「運の尽き」。地震の被害より大きな後始末を経験することになりました。 
韓国幕府
文句なしの無礼者

 我が国が韓国の前政府と共同発表した「慰安婦問題日韓合意」を文が何の挨拶もなく踏みにじったのは
“相手が文句なしの無礼者”だと知っていても癪に障ります。
 一体この国の「大統領」と言う輩(ヤカラ)は「国際的な方式に従って取り決めた条約や合意」を“どう言う権限”で破れるのか理解する能力さえ持っていません。
 そして彼の前、元大統領達は退任後殆ど監獄に放り込まれ、「モッソウ飯」を食わされたのを知らないのか・・と言うより、知っていてなぜ大統領になるのか理解に苦しみます。
韓国にあるのは幕府
 そこでこの「世界に稀な国」について考えた結果、「韓国には政府と言うものはない」と言う結論に達しました。五年毎に出来るこの「政権」は全世界にたった一つしか存在しない
「前政権の約束には全く縛られない幕府」と理解すべきだと分かつたのです。
累卵の危うさ
 このニッチモ、サッチモ”行かなくなった「文幕府」への支持率がまだ40%もあるのを不思議に思っていましたら、世界一強い「労組」と「南北全羅道と言う昔の百済」の支持があるからだと判つて来ました。
 来月首府ソウルの首長選挙が行われますが、この結果によってはあと一年しか任期の残っていない「文幕府」の運命も決まるでしょう。
 (注)これを書いているのは3月26日ですが、この日現在日本/韓国間に妙な空気
   が漂い始め、極く近い将来日/韓国交断絶のような事態が起きる予感がして来
   ました。
   ・・・と言うのは文とその政府の官僚の言うことが一致しない場面が出て来た
   からです.文が急に日本に友好的な発言をし始めたのに、今まで文の意向に従
   って来た官僚が「反日的な表現」を続ける様子が見られようになりました。
半導体
 この何年もの間新聞やテレビで
「半導体」と言う言葉を耳にタコが出来るほど聞いてきました。
 では何故今まで黙っていたかと申しますとどんなものか分からなかったからです。
 以下に述べますことは殆ど「グーグル」によるものですから、もし間違えたり意味不明だったりしたらそれはグーグルの責任とご了解下さい。
セミコンダクター
 物質には電気を通す“導体”と通さない“絶縁体”とがある外に、通したり遮断したりする物質があり、それを“半導体”・・
セミコンダクター・・と言うそうです。 
 電気とは“触るとビリッと来る”こと以外に、“動く電気器具”には必ず「半導体」が付いていると思えば良いようです。 
 エアコン、パソコン、ケイタイ、デジタルカメラ、テレビなどにはすべてこの半導体が使用され、自動車には最も少ないもので300個、高級車には800個も付けられていると聞けば驚きます。この世の中でこれからどんな機械が発明されようが、その中には必ず「半導体が入っている」と思って間違いありません。
半導体の生産 
 ではこの「文明の利器」半導体は今どこで、どのくらい作られているかと申しますと、
① 台湾21.6% ② 韓国20.9% ③ 日本16.0% ④ 中国13.9% ⑤ 米国12.8% 程度の割合になっているそうです。(2019年12月現在) 
 戦後この半導体は殆ど我が国が造っていましたが、やがて後進国の生産が伸びて今日に到っています。しかし半導体を作る装置は現在でも芝浦メカトロニクス社を含む我が国の16社に過ぎず、日本の力が大きく残っている証拠です。
 韓国は“半導体の世界的メーカー”と威張っていますが、その製造機械はすべて日本から買わなければ1個の半導体も作れない「下請け」に過ぎません。また半導体の原材料のうち我が国しか供給できない物質もあり、この出荷を差し止めれば韓国の半導体メーカーは立ち往生してしまうのです。
 このように韓国は半導体製造の為の機械も原料も根っこを日本に“押さえられ”どんなに「文コジキ」 が騒ごうが我が国は痛くも痒くもありません。しかも半導体の生産中心は可愛げの無い韓国から今や台湾に移り、我が国も一層この友好国に力を入れ始めたのは当然です。
半導体の変化と需給 
 半導体は中間製品ですから、その最終消費者(製品メーカー)の需要に合わせて生産されねばなりません。現在世界の自動車生産量が大幅に減っている大きな原因は必要な半導体が確保出来ないからだと言われています。         
 自動車が“排気を出すエンジンで動く車”から“汚物を出さないモーターで動く車”に変ろうとしている現在、その必要とする半導体は「全くの別物」になってしまうことになり、既にその大きな転換が進行中です。
 このような変化を前にして、我が国の「半導体製造機械メーカー」は十分の態勢を整えていると言うことですから、韓国の滅茶苦茶の「反日」はもう長続きしないでしょう。
ルネサス工場火災
 こんな事を書いている最中の3月19日、茨城県にある半導体大手のルネサス那珂工場に火災が発生、世界的に不足している車載用半導体への重大な影響が起こりました。 これでコロナ収束後の販売回復を狙っていた日本自動車メーカーの希望は消えたとの見通しになったようです。
電池
家庭用乾電池:脇役が主役に

 私共夫婦がこのホームに移り住んだのはカレコレ30年昔で、その頃は「枕もと」の電気スタンドの「電球」が時々“切れる”ため予備品を手元に置いておかねばなりませんでした。
 先日押し入れを整理していますと、厚紙の容器に包んだ60ワットの電球が二個出て来ました。「十年一昔」を三度も過ごした現在、“電球のタマが切れる”ことなどは思いも及ばない時代になっていたのです。
 ところが今盛んに問題になっている「電池」は「家庭用乾電池」とは大違いで、自動車を動かすのに使われるような“大がかりなものなのであります。
ノーベル賞の乾電池
 一昨2019年旭化成顧問の吉野 彰氏は「リチュウムイオン二次電池の開発」で「ノーベル化学賞」を受賞されたことはまだ記憶に新しいところです。「デンチ」が「ノーベル賞」に出て来たのは初めてでしょう。
 その際の報道で近い将来すべての自動車は
“電池で動かすモーターで走る”ようになるとのことで、何だか判ったような、判らないような変な気持ちになりました。

          油壺から(108)
5百万人の訪問者
 コロナの影響で老人ホームから外出が出来なくなってからかれこれ一年、自室で何をしているかと言えば、パソコンの前に座ってグーグルのビデオやニュースを見るのが主な仕事になつてしまいました。
五百万回 
 最近見た中で最も多かったビデオ(3月18日現在)の聴取者5,255,949回がズバ抜けています。これは「帰ろうとするおじいちゃんを必死に引き留めようとする1才位の男の子の様子」です。
 画面は簡単で、孫息子が祖父を“帰らせまい”として必死にすがりつく場面を簡単に撮ったものに過ぎません。そしてこの子が大変可愛いことと、どうしても帰らせまいとする努力とがグッと迫っ来る情景が作りものでは無いことなのです。かく言う小生でさえ4~5回も見てしまうくらいですから、この5百万回が誇張されたものとは思えません。
酒飲み
酒飲みの習性

 本当かどうか知りませんが、肺炎の場合を除き、人間は脈が10上がるごとに体温が
1度高くなるそうで、“下戸(ゲコ)の国から下戸大賞を受けるような私”は少しばかりのビールを飲むときでさえ脈を計るの忘れません。 
 従って脈が100を越えた時の体温は39度にもなり、枕も上がらぬ重病人と同じですから直ちに飲酒を中止致します。
 これを見ている酒飲みはその理由を知りますと、例外なく嫌な顔をして
 
〝酒がまずくなるからやめろ〟
と文句を言うのです。
 また酒飲みは飲んでいる間ご飯を食べるのを極端に嫌います。せっかくご馳走が出ているので、それでご飯を食べたいと思っても彼らは決して許しません。料理を食べ尽くし、最後の漬け物が出て漸く食事を認めるのは我々下戸の基本的人権を踏みにじるものです。
酒に寛大な世間 
 江戸時代の狂歌に
 
〝世の中に酒と女は仇(かたき)なり、どうか かたき に巡り会いたい〟
と言うのがあります。酒飲みの意地汚さがにじみ出ています。「酒」が「金」になっているのもあります。
 しゃくに障るのは世の中が酒に関しては非常に寛大なことで、酒で会社の金を使い込んだりしても、あれは酒の上だから・・・で済んでしまうことが多いのです。
 ところが私のように汁粉を食べながら同じことをしようものなら、極悪非道の人物として極刑にされます。これは酒飲みが同じ悪さをしたときに助けて貰おうと飲酒の仲間に味方するからで、こんな不公平なことはありません。
酒飲みは支離滅裂
 酒飲みの仲間意識は強く、一面識もない人でも同じ飲み屋で一緒に飲んでいますと、すぐ仲良くなってしまいます。
 それでは酒を飲みながら人生論を戦わしたり、天下国家を論じたり、天然の美を讃えたりしているのかと申しますと、蛸の八本は手か足かなどと言う話題を口角泡を飛ばして議論しているのです。そしてそれを醒めた目で見ていようものなら、凶悪な殺人犯人でも見つけたように興奮してわめくのです。
酒は別腸、碁は別知
 これも昔の諺に 
〝酒は別腸(ベッチョウ)、碁は別知(ベッチ)〟と言うのがあり、「酒の入る腸は普通の腸とは別、碁を考える知恵は普通の知恵とは別」の意味だそうです。随分飲んだ筈なのに酒ならまだ入ると呆れ、あのウスノロがどうして碁だけはあんなに強いのか?と弱い男が悔し紛れに嘆くのです。
 碁については悔し紛れで〝あの馬鹿が本因坊に先、二つ〟と言うのもあります。本因坊に先や二子で打てるような碁打ちは滅多にいませんが、選りによつてあの馬鹿が・・・と悔しがるありさまが目に見えるようです。
蕎麦通
 江戸時代から最近まで「もり」とか「ざる」のような乾いた蕎麦を食べるときには「つゆ」(関西では別の言い方をするようですが)にほんのちょっとつけるだけで食べるのが通(つう)とされてきました。ざんぶり浸すのは田舎者のすることだと申します。
 ある名高い蕎麦通はいよいよ臨終が迫ったとき、親戚縁者を枕元に呼んで、〝俺も一度蕎麦をどっぷりとつゆにつけて食べてみたかった〟と言い残したそうです。
 これと同様、私はいつも酒飲みの醜態をあげつらい、馬鹿にしてきましたが、内心では自分も酒飲みの仲間入りをしてあゝ言う愚かなまねをし、みな酒の上だとシャーシャーと世の中を渡ってみたかったと思っているのを自白しなければなりません。
湯桶読みと棺桶読み
 そばの話が出ましたのでちょっと“物知り”のところをご披露しますが、
「湯桶(ユトウ)読み」「棺桶(カンオケ)読み」の区別をご存じでしょうか?
 
湯桶はソバ屋で出すソバ湯の容器のことで“湯(ユ)は訓読み、桶(トウ)は音読み”の「ユトウ読み」、棺桶は“棺(カン)が音読み、桶(オケ)が訓読み”の「カンオケ読み」と申します。
 日本語は大変むずかしく、 英語などを習っている暇はありません。親父が明治時代、秋田中学で“ハンドカチエフ(handkerchief)とソメチメズ(sometimes)”と習ったと言う話を聞きますと、今でも大した違いは無いような気がするのです。

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