高木 寛 の時事放談

  186号 平成30年5月1日

 
 時事短編
半島二国の会話
北の作戦開始

  昨年末から北鮮がICBMの発射や原爆実験などを止めたと思ったら、韓国の冬期平昌オリンピックへの参加を申し込み、例年激しく非難していた米韓軍事演習に反対しないなど、柔軟な姿勢を示し始めました。またオリンピック派遣の妹に託した文宛ての手紙には“近いうちに平壌で会おう”と国交再開を暗示するなど、巧みな誘導作戦を展開したのです。
中国訪問
  また驚いたのは、金正恩が韓国との会談前に中国を訪問したことです。
 
ご存でしょうが、彼が父金正日の後を継いだ1012月から僅かに一年後、彼は父の功臣、叔母の夫で中国とは非常に友好的だった張成沢に死刑を宣告し、高射機関砲で撃ち殺したのです。当然世界は驚愕し、中国は憎悪しました。しかも彼は就任後6年間、中国に“参勤交代”していませんでした。
  ところが彼は韓国文との会見前の328日突如列車で北京に到着、習近平の歓迎を受けました。事態を進めるためには宗主国の中国に仁義を切って置かねばと考えたのでしょう。憎んでも余りある金正恩を国賓待遇で迎えた習近平の心中は判断しかねますが、バスに乗り遅れてはならぬと思ったのでしょう。 
  しかしこの旅行は前もって周到に計画されたもので、金の緻密さが窺えます。
会談の情景と意義
 4月27日板門店で韓国の文大統領と北鮮の金正恩委員長の会談が行われました。韓国と北鮮の首脳会談は史上三回目ですが、今回の意義は全く違います。

  前二回、金大中・盧武鉉と金正日の会談は韓国からお願いし、“多額の賽銭を納めて会って頂いた”会見でしたが、今回北鮮はなりふり構わず韓国に頭を下げた格好で、会見は板門店の韓国側で行われました。
  一方文大統領は我が国に対するような横柄な様子は見せず、卑屈にさえ見える態度で金に接していたのが画面にハッキリ出ています。またこれは近い将来米国トランプ大統領と北鮮金委員長の会談の前座に過ぎませんが、金正恩の巧みな演出によって世界の耳目を集めたのです。
  
この日の二人の一挙手一投足は分単位で世界に流れ、その一人が三十才になったばかりの世界最貧国の独裁者ときてはそれこそ歴史上の奇観でした。
  この会見では実は何も決まらず、結果が出るのは、主役の米国大統領と金正恩との会談によりますし、どうなるかは誰も予測出来ません。また国民所得が3ドルの韓国と600ドル()の北鮮が平時にどんな付き合いをするのかは大きな疑問で、韓国単独では面倒を見切れないことは明らかです。
 ()この項は急いで書いたので、支離滅裂です。ご了承下さい。
騒ぐな野党
国難に立つ日本

 今我が国は大袈裟に言えば、終戦後の朝鮮戦争以来の危機に立っていると言っても過言ではありません。

  極端な場合、もし米国のトランプが“アメリカ ファースト”に固執して、北鮮のICBMが米国領までは届かないことを条件に原爆の所有を認め、米軍が日本から引き上げるような事態になったらどうするか・・、など最悪の事態を考えねばならない時期だからです。
中流で馬を代える
  
戦国時代でしたか、源平時代でしたか、関東勢が淀川を渡河中、弱った馬を代えようとした武士を見て朋輩(ホウバイ:古い言葉・・)が“中流で馬を代えてどうする!!”と叱咤した話をどこかで読みました。
  今我が国は国難の中流にあるほどの危機に直面しています。それを野党は勿論、与党の自民党の中からも“安倍を代えろ!!”などと言う声が出ているのに驚くと言うより怒りを覚えます。
世界が日本に耳を傾ける
 
ドイツのメルケル首相は2005年就任以来13年間首相の席を占め、世界主要国代表とし信頼を集めています。彼女が言ったことを聞き流す世界の首脳はいません。

  我が安倍首相はメルケルに次ぎ、世界首脳中で二番目に長い6年を越える責任者の席に就いています。世界が安倍に耳を傾けてくれるのは首相としての長いキャリヤーを尊敬しているからです。それを“ヤメロ”と言う声が野党ばかりか与党の中からも出ていることに私は深い不安を覚えます。
民主党とその末路
 こんな時代に、小学校の敷地を何億円か安く売ったとか、四国の大学に獣医学部を作らせるのはダメとか、世界の情勢とは全く次元の違う取るに足らないことを、児戯に類する方法で国会の審議を遮る政党を見ると呆れてものが言えませんし、悲しくなります。

  しかもその妨害の主は小池都知事がウッカリ“排除”と言う言葉を口走ったばかりに、沈んで行く泥船から「棚ボタ式」に復活した旧社会党・民主党の残党どもです。
  社会党とその末流は終戦後いやがらせだけの政党として存在し、細川・羽田・村山内閣の11ケ月、鳩山・菅・野田内の2年3ケ月を見る限り、彼らに日本の国政を預けられないことは明瞭です。あの「マニフェスト」とか言う代物は何だったのでしょう? 特別会計から数十兆円の隠し金を取出して見せると豪語しながら、一銭も掘り出せなかったり、鳩山の“最低県外”のたわごとや東日本大地震での菅の周章狼狽ぶりなどを見れば、彼等に国事を司る資格が全く無いことは明白ではありませんか?
不信任案と解散
 野党は審議を拒んで議員は出席しませんが、重要法案を無視して議事を妨害するのであれば、すべての法案を野党欠席のまま審議してもそれは野党の怠慢のためであると断言出来ます。

  クサッタ野党は総選挙で一掃するのも一法です。
習王朝
易姓革命

  
三月の全人代で1959年建国から続く共産党主席の最高二期10年の任期が取り払われ、
習近平は無限に地位を続けることが可能になりました。早く言えば「易姓革命」で「天子」になったのです。
  易姓革命とは「天子ノ(苗字)(カワル)革命」で、違う姓が天下を取った歴史は漢は劉、魏は曹、晋は司馬、隋は楊、唐は李、宋は趙、明は朱、清は愛新覚羅で、今回は習姓になりました。習は競争相手を蹴落とすために使った王岐山を定年後も起用、習姓族の覇権を続けようとしています。
  中国は太古以来国民の選挙による主権者選びを一度も経験したことのない世界で唯一の国です。
特権階級と人民
  例によって話が逸れます。
  私の娘は先月中国江蘇省の揚州へ旅行しましたが、出発直前宿泊予定だった迎賓館が突然変更されたそうです。彼女が現地で知つたのは急に揚州に来ることになった二代前の党主席江沢民一家のためにそのホテル全館の予約が全部キャンセルされたことでした。この一家警護のために何百室もの予約が簡単に取り消され、何百人もの警護の人員が貼り付けられるなどは文明国では考えられない暴挙です。
  江沢民ば習近平に目の仇にされ、一時は危なかったようですが、そんな男でも元党主席ともなればこんな横暴が許されるのがこの国です。
  これでは中華「人民」共和国と言うのは気が引けると思いますが・・。
王朝の崩壊
  
現在の中国では都会と農村では戸籍が別で、貧しい農村からの出稼ぎ人は都会に住み良い職には着けない不満などがあり、何時も農村の人心が不安定で「百姓一揆」の懼れがあります。   

  それに乗じてか、中国伝統の庶民の「太極拳」の団体「法輪功」に人気が集まり、八千万人もの集団となったため、恐れをなした江沢民は違法集団として禁止しました。
  中国は更に周辺少数民族宗教の回教やチベット仏教を事実上禁止し、最近全国に広まりつつある会員三千万と言われる「儒教会」も危ないと言う噂が飛んでいます。     三千年の「易姓革命」の伝統は連綿として続くのでしょうか?
流民
  沿岸地方に集まった農民数億人は労賃の安さで消費物資の輸出隆盛をもたらし、中国の経済に大きく貢献しましたが、やがて大幅な賃金の高騰と周辺後進国の追い上げで景気の後退と失業者の増大と言う不安要素が出て来ました。        
  それと同時に人民元安を見越した外貨の流出が始まり、元来借金から成り立っている中国の外貨準備が危うくなつています。中国手持ちの米国債1兆ドルは実質的には米国の了解無しでは売れないようですから、当てにはなりません。 
  今回の「易姓革命」がどうなるかは興味の的です。
シリア紛争
  私は海外勤務や出張等で世界各地を巡り、土地勘のあるのは三十数カ国になりますが、中近東と豪州、ニュージーランドには足を踏み入れたことがありません。
  従ってシリアについては知識も経験も無く、長く続いている悲惨な紛争には驚いたり、同情したりしています。
複雑な内戦と外国の介入
  
地図で見ますとシリアはトルコ、イラン、レバノン、ヨルダンと国境を接する国で人口約2300万だそうですが、紛争の始まった2011年3月からの内戦で約760万人が難民化し、そのうち400万人が国外へ逃れたと聞きますとただ驚くばかりです。
   その内戦がまた複雑で、始めはシリアの政府軍と反政府軍との戦闘でしたが、やがてIS(イスラム国)と言う回教徒の暴力集団が国内の相当部分を制圧したと思ったら、各地に分散しているクルド族が紛争に加わり、これに周辺各国とロシア、米国、欧州諸国が入り乱れて争う悲惨な状態になっています。
化学兵器使用と欧米の反撃
  ところが一時猖獗を極めたISが欧米やロシアの力で消滅しますと、力を得たシリアのアサド政権が反政府軍とその勢力圏に化学兵器を再使用したとして米欧諸国の攻撃を受けているのも悲惨です。
  しかも欧米軍が使用するのは最新鋭の近代兵器だそうで、ロシアの支援するシリア政府軍は甚大な損害を受けていると伝えられます。
クルド族
  19世紀の第一次世界大戦後、欧米連合国は各民族には何の相談もせず、中近東諸国の区割りを地図上の線引きで決めてしまい、数千万のクルド族は独立した国家は持てず、トルコ、シリア、イラン、イラク等諸国に分散して住むことになりました。
  そして今回のシリア紛争の結果、民族意識に燃えたクルド人はトルコを初め各居住地で独立運動を始めたのです。
欧米はロシアを欧州の国とは思っていない
  
一方2014年のロシアのウクライナ侵入とクリミア半島奪取とに怒り狂った欧州諸国は国連でロシアへの懲罰決議を行い、今回のシリア紛争についても米国と組んで強力な反ロ運動をしています。

  ここで話が飛び、私の勝手な解釈ですが、欧米諸国は元来ロシアを欧州の国とは思っていないのではないでしょうか?
  ご存じのように日露戦争の折、我が陸軍を悩ましたロシア軍騎兵コサックはアジア人で、幼児のお尻には「蒙古斑」と言われる痣があるそうです。氏・根拠は良く判らないものの、昔中国の元(モンゴル)が西に攻め込んだとき、ロシアも一時占領されてモンゴル人の血が入ったことがあると言う説もあります。
  そんなこんなで、昔から欧州諸国とロシアは相性が悪く、第二次大戦でもヒットラーは何の理由もなくソ連に攻め込みましたし、最近では欧州諸国はロシアのウクライナ侵略に怒り心頭と言うところのようです。

                         油壺から(77)
全人代と女性ホルモン
  先月中国では年に一度開かれる議員3000人の全人代が開かれ、殆ど反対無しで共産党主席の任期の制限を外したため 習近平の独裁が確立しました。この会議出席者について 気が付いたつまらないことを少し述べます。
頭髪
  全人代議員の殆どをしめる漢民族(・・と思われる)男性議員99%がふさふさした黒い頭髪を持っていることに気がつかれたでしょうか?我が国を含む殆どの国には所謂禿げ頭が何割かみられることを考えると実に不思議です。
  また年配男子でも白髪(シラガ)がいないことに気がつきます。名首相の評判が高かった朱鎔基が退任後
 “漸く髪を染めないで良くなってほっとした”
ともらしたのを聞き、党幹部は現役中髪を染める規則になっているのが判りました。
禿頭
  人間は男女とも「男性ホルモン」と「女性ホルモン」の両方を体内に持っていますが、男性は男性ホルモンを女性は女性ホルモンをより多く持っているため、体質に男女の特性が現れると聞きます。 
  ところが民族や部族によってその両ホルモンの割合が多少違い、比較的多くの男性ホルモンを持っているアラビア人男性は髭が濃く出るそうです。  
  それに反して中国民族や朝鮮民族などの男性が持つ女性ホルモンの割合が多いため、女性に似て「ハゲ」が少ないと言う説が有力です。・・この説も何時ぞや書きましたが、科学的に証明されたものかどうかは知りません・・。
恨み骨髄・・男性の持つ女性ホルモン・・死んでしまえばみな仏様
  
これから先は私の推測ですが、そのつもりでお読み下さい。

  宋は10世紀に成立し約320年続いた国で、そのうち170年は北宋と言って中国全土を支配していましたが残り150年は北方の異民族に追われて南に逃げて南宋となり、やがて元に滅ぼされました。
  その「南宋」の武将だった岳飛(ガクヒ)はあくまで元に抵抗した忠臣でしたが、元の捕虜となっていて開放され、帰国した秦檜(シンカイ)に殺されてしまいます。 
  この「秦檜の岳飛謀殺」から9百年近く経った現在、江蘇省杭州にある「岳飛廟」の前には鎖に繋がれた秦檜夫妻の像があり、今でも人気の高い岳飛廟に参詣する多くの中国人は必ず秦檜夫婦の像に唾を吐いたり汚物を投げたりして憎みを表しているそうです。中国人は執念深く“怨み骨髄”は何百年も続きます。
  ところが我が国では道鏡だろうが、石川五右衛門だろうが、東条英機だろうが、    “死んでしまえばみな仏様”
で、中国人や朝鮮人と我が大和民族との人生観は180度違うのです。
  これと言うのも漢民族や朝鮮人の男子の持つ「女性ホルモン」の割合がわが大和民族のそれよりも大分多く、“執念深い”と言う解釈が成り立つようです。
文章
  私は平成4年病身の家内と一緒に有料老人ホームへ入った時から25年間、毎月A4判6(400字詰め原稿用紙で24)の拙文を書き続けて来ました。そして常に感じるのは自分の文章がいかに下手かと言うことです                                         
です、ます調 
  
お気付きでしょうが私の文章は一般の「ある、である調」と違い、「です、ます調」で、語尾が“ます、ました、です、でした”など殆ど六種類に限られます。そして同じ語尾を重ねては文章になりませんので、どうしても無理がきて、いつまでも上達しないのです。手前勝手に解釈すれば、我が国で“です、ます調”の名文家がいないのはこのせいかも知れません。

推敲
  話が逸れますが文章を練ることを「推敲」と言うのはご存じの通りですが、話の由来はこうです。
  九世紀中唐、文豪の韓愈(字は退之)は京兆の尹(ケイチョウノイン=首都長安の知事)でしたが、或る日宮中から帰邸の途中、行列が乱れて騒がしいので輿から降りてみると、ロバに乗った汚い坊主が行列に突っ込んで騒動を起こしていました。退之がわけを聞くと、
  「自分は科挙を受けるために還俗し、上京した賈島(カトウ)と言う者ですが、考えて   いる 詩の一句を“僧ハ推ス月下ノ門”にするか、“僧ハ敲ク月下ノ門”にするかと   迷っていたところ、うっかり行列に突っ込んでしまいました。」
と言うことでした。
  そこで退之は「それは君“敲ク”が良いよ」と言って詩を論じながら一緒に歩いたと言う故事から、文章を練ることを「推敲」と言うようになったと聞きます。
  私はくどいほど推敲はするのですが、原文が直しようが無いほどの悪文なのでどうにもなりません。
名文家
  話を元に戻します。日本の名文家は誰か・・誰だったか・・と言えば人各々意見が違いますし、川端康成、芥川龍之介、夏目漱石などがすぐ出てくるでしょうが、私なら直ちに戦前は泉鏡花、戦後は山本周五郎を挙げます。
  泉鏡花の“湯島通れば思い出す・・”の「婦系図=オンナケイズ」は兎も角、「高野聖(コウヤヒジリ)」や「歌行灯(ウタアンドン)」などを読みますと、カミソリのような鋭利な刃物でスパツと斬られたような小気味良さに言葉を失います。
  一方山本周五郎の戦前の作品は文字通り「三文小説」で問題になりませんがが、終戦後発表した「樅の木は残った」はこれが同じ作家のものかと疑うような立派なものです。
  そこへ行きますと、「太陽の季節」で芥川賞を取った石原慎太郎は自ら名文家面をしていますが、最近の文春などへの投稿を見ますと「です、ます調」と「ある、である調」が入り混じって、目も当てられられません。
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