13. 靖国神社への帽子台奉納
靖国神社の御霊に改めて追悼の念を捧ぐ
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  私達海軍経理学校36期は、昭和18年12月海軍生徒を命ぜられ、東京築地の同校に入校した。私達は海軍生徒としての使命を担い、将来の主計科士官の素地を養うべく、学業と訓練に励み、最上級生だった34期生徒(1号生徒といった)から、校内訓育において精神の鍛錬と実力の養成に熱誠と慈愛あふれる指導を受け、親身も及ばぬお世話になった。翌年の昭和19年3月、この34期生徒は卒業して少尉候補生となり、即、各方面の熾烈な戦場に赴いて奮闘され、昭和20年8月までに同期66名中27名が戦死されたのである。
 今思うに、若いけれど本当に素晴らしい、頭脳明晰・人格崇高な人達であった。祖国のためとはいえ惜しい人材を失ったものと、痛恨の極みである。
 やがて終戦となり、我々は荒廃の中から立ち上がり、復興から繁栄への昭和の時代を生き、今平成の時代を迎えた。この激動の50年、国家のアイデンテイテイを堅持し、悔いなき生涯を全うすことが出来たことは、34期の皆さんに叩き上げられた精神力の賜物であると思っている。
 この27名の戦没者のご遺族並びに同期生達は、毎年往時を偲び、靖国神社で追悼の慰霊祭を続けており、昭和55年には御霊の鎮魂を願い、靖国神社拝殿前に据える帽子台(手荷物置台)を献納された。
 しかし、これはその後の20年の間に風雨に曝され傷みが激しくなった。この惨状を見た我々36期は、昭和18年入校時から僅か4ヶ月の触合いではあったが、人間形成の上で格別のご指導ご薫陶にあずかった者として、更に、同校最後の1号となり海軍経理学校の終焉を見届けたものとして、この帽子台がこのまま朽ち果てるまで放置され、銘板と共にあるいは廃棄されるかもしれぬことは忍び難いものがあると思い、私達の恩人34期生徒に対する謝恩及び鎮魂の意味からこの帽子台を新たに修復奉納することにしたのである。以下の写真は、平成14年10月26日行われた靖国神社拜殿前御帽子台奉納式典の模様を映したものである。(西村忠弘記)
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海軍経理学校第34期戦没者の御霊に捧ぐ 
   追悼鎮魂    
 
 27名の英霊の眠る南西太平洋の地点
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 靖国神社大鳥居   奉納した御帽子台  修復奉納銘盤
 
     
 参列者 お祓い  感謝状贈呈  感謝状
 
 祭  文
 
 趣 意 書
   
    東京消防庁による吹奏楽演奏      感激して傾聴する参会者一同
            演奏は [国の鎮め] [命を捨て]
                                          

 BGM 吹奏楽 海行かば 海上自衛隊横須賀音楽隊