訓育の華 棒倒し
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  棒 倒 し       加賀  裕
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 1.棒倒しという競技
 棒倒しは、總短艇、綱引きとともに海兵の三大総員訓練の一つとされているが、海経の訓練科目に取り上げられたのは比較的新しいという。
 棒倒しは、敢闘必勝精神の涵養を目的として行われる競技であり、100mを隔てて対峙する二つの集団が、敵の集団の旗を掲げた棒を早く地面に倒した方が勝ちという一種の陣取合戦に似た競技である。海経の場合は、人数の少ないせいもあり、1部と2部で戦うのが通例であった。集団は、両軍共に攻撃陣、遊撃陣及び防御陣に分かれる。棒倒しが始まると、眼鏡を外しているのと土煙のため相手は定かに見えないが、相手が上級生であろうと殴る、蹴る、組み合うなどあらゆる手段を講じて戦うことになる。このため、怪我をしないようにあらかじめ作業服(柔道着)、裸足で競技することになっている。
2.編成と布陣
 (1) 防御陣
    防御陣は直径15cm,、長さ2m余の棒を屈強な3名の生徒が3
    竦みになって座り、棒の根元を移動しないように肩と両方の足で
    抑え、さらにその周囲を外向きにスクラムを組んで幾重もの円形
    の人垣を作る。そして、その肩の上に上級生が乗って、攻め上が
    ってくる敵の攻撃陣を蹴落とすための陣形を整える。
 (2) 遊撃陣
    防御陣の前方には遊撃陣が数列のスクラムを組んで敵の攻撃陣を
    邀撃しようとてぐすね引いて待ち構え、敵の攻撃陣の突入を阻止
    する態勢を整える。
 (3) 攻撃陣
    攻撃陣は防御陣の前面に位置し敵陣へ殴りこむ態勢を整える。攻
    撃陣は棒倒しの勝敗の帰趨を決する主力部隊である。
3.競技の開始と終了
 ラッパを合図に競技開始となると、攻撃陣は敵陣めがけて全速力で突っ込んでゆく。
 まず手始めに敵の遊撃陣の突破である。場外乱闘が始まるが、敵の遊撃陣の間隙を縫って突入した先陣の攻撃陣は、敵の防御陣の足蹴をものともせずにまず一番外周のスクラムに頭を突っ込み、棒に取り付くための人体による足場を築き上げる。攻撃陣の主力は、その足場を踏み台にして敵の中枢に突っ込み棒に殺到して行く。両軍入り乱れての殴る、蹴る、押し倒す、突き倒す等の乱闘が広範囲に展開される。やがて、敵の棒に取り付いて揺さぶり、旗が傾き始め、一定の角度を越すと戦闘止めのラッパが鳴り勝敗が決まり棒倒しは終了する。
4.楠公記念日の棒倒しとその後
 昭和19年5月25日は「楠公記念日」と言うことで総員起し後棒倒しが行われた。私は防御陣に回り円陣の中で腕を組んで棒を支える役目であった。隣は高坂である。棒倒しも終盤になり防御陣の肩に棒が倒れてきた。多くの人間がぶら下がった棒の重圧が直接肩に響く。棒の折れるような音がする。戦闘中止のラッパの音で棒倒しは終わった。右手が動かない。右手の腋の下がおかしい。直ちに車で近くの海軍軍医学校病院に運ばれる。右腕脱臼、上腕部複雑骨折であった。私にとって忘れ得ない思い出の棒倒しであったが、残念なことにこの出来事がその後海経で棒倒しが行われなくなった端緒となったようである。