軍 容 査 閲
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 軍容査閲     西村忠弘
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  昭和18年11月26日 午前8時 海軍経理学校採用予定者は築地本校に集合した。燦然と輝く校舎正面の御紋章がまぶしく、粛然とした気持ちになる。
 この日宣誓書・誓約書を提出。青木主任指導官・石田期指導官の挨拶があった。その時教官は新入各生徒の名前を覚えておられ、「オー、○○来たか」と声をかけられたのには吃驚した。
 翌27日から30日までは、指導官と1号生徒による所謂「オリエンテーション」とも言うべき日課である。12月1日の入校式に備えて、「生徒生活の映画」観賞、教練、指導官訓話、校内旅行などで、生徒生活に馴染ませるための心得をいろいろと教えられる。
 27日午前、タオルと石鹸を渡され入浴、娑婆の垢を落としたところで着てきた学生服を脱ぎ、1号生徒の世話で海軍第1種軍装の着せ付けが行われた。 何ともぎこちない形ばかりの海軍生徒だ。脱いだ私服は父兄が風呂敷包んで持ち帰った。
 30日は12月1日の入校式に備えて予行演習が行われた。
 12月1日 愈々36期宣誓式(講堂)、入校式(校庭)が行われ、合格成績順に式台の前に横隊に並び、海軍生徒を命ぜられた。父兄、来賓が見守る中紺野逸彌校長の訓示があった。
 この日から新入生徒の特別日課が始まる。2週間にわたり訓育は主として体操、教練、短艇、喇叭譜及び号笛、軍歌、駈足など、後は生徒隊監事、主任指導官、期指導官、分隊監事の講話が毎日続く。
 そして、12月14日、特別日課の導入訓練の成果を試すための、校長による軍容査閲が行われた。軍容査閲は、まず閲兵、分列行進、その後海軍体操演技の披露である。それを終わって校長の講評訓示があり終了した。
 (上の写真は、この時の閲兵及び分列行進の模様を撮影したものである)
 この日までは、我々に対するに、教官も1号生徒も極めて懇切丁寧、心優しい扱いであったが、この翌日からは1号生徒の扱いが一変した。一人前の海軍生徒として鍛えよう、躾けようというという厳しさに豹変した。日課も翌朝緊急呼集、築地から日比谷まで往復の駈足、翌々日の朝には總短艇といった猛訓練が始まった。教室での座学もこの日からであった。
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 付; 容儀点検
 36期生徒行事記録によれば、3号生徒については、昭和18年12月5日、1号生徒引率による最初の外出があった。記録には載っていないが、3号生徒を主眼とする容儀点検というのがあった。最初の単独外出の直前だったのだろう。校長以下幹部役職者が、整列する各分隊特に3号生徒の容儀について厳しく点検していった。寝室の入り口を入ったすぐ前に全身が写る大きな鏡が備えてあり、その前で、常に自分の容姿をチェックすように言われていたが、その仕上がりを点検するわけである。役職者の中には兵学教官の池田鶴喜少佐がいた。その教官にある生徒が軍帽正面の錨の徽章の位置が高すぎると指摘された。結局それを適正に着け直して外出すべしとして一件落着した。上級生の中には軍帽の上辺の芯金を極端に折り曲げ山型にしている者もあったが、何のお咎めもなく、誠に不公平だと思ったものである。(この項、門脇倹治記)
 
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 BGM 吹奏楽 日本海軍 東京消防庁音楽隊