海 軍 体 操
 
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            遠くなりにけり海軍体操     志馬田裕弌郎
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  一(イチ)、ニ(ニイ): 一、二: 一、ニ:・・・・・・・・・・・・・・と一人の人(教範では教者という也)の掛声で他の人々(習者という也)は黙々とこれに従い、己の體(骨の豊かな)を動かし操ってゆく。
 【写真】 オ・オッ! 上半身(裸)の見事な体列だ。
 上の写真・・・・100人以上の生徒が一斉に「脚開、體側屈」(右図)をしている姿。 
 手前の式台に立っておられるのは紺野逸彌校長
 下の写真・・・・外套を召された先生・見学者方との対比がお見事。  
 
 【體操教範】
 ◎「體操ノ目的ハ、身體各部ノ均斉ナル発達及完全ナル発達ヲ圖リ軍務ノ要求ニ適應スル體力・氣力ヲ錬成スルニアリ(総則第一)」 
 これは「海軍體操教範ー海軍省教育局検閲済」の第一項に書かれているものである。
 ◎「體操ハ体力ノ基礎ヲ確立スルヲ主眼トシ・・・・・・體力・氣力ノ錬成に對スル真摯ナル努力ハ自然心身ヲ潤化シ品性ノ涵養ニ至大ノ影響ヲ與フルモノトス」 
 ◎ そして
  ○ 毎日時間ヲ定メ実施スルコト
  ○ 保健ヲ目的トスル日施體操ハ一回十五分
  ○ 鍛錬ヲ目的トスル場合ハ三十分以上
  ○ 食事前後四十分間ハ強度ノ體操ハ避クルコト
 なお色々と方針を示している。  
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  下の図は奥野昭三君が提供してくれた、古い「海軍体操教範」の中の、最も代表的な「誘導振」の頁のの例規である。
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  以上「海軍体操」なるもののあらましを記したが、これを読むとフンフンと頷かれることだろう。
 この「海軍体操」は海軍の歴史の中でそう古いものではなく、我々が入校した昭和18年12月の直前、海軍経理学校教官として着任された吾郷喜重さんが、新しい「海軍体操」を生徒教育に導入すべく、砲術学校に派遣されてその指導方法を習得して帰ってこられた。「海軍体操教範」の発行日が昭和17年12月となっているのでこの頃ではないかと思われる。
 以後、我々36期は入校直後の特別日課から卒業まで、寒風吹きすさぶ真冬も、炎熱酷暑の盛夏も、上半身裸で、元気溌剌この体操で体力を鍛えられたのである。
 上の写真は、2週間の特別日課終了の際の校長査閲の一部である体操演技の一こまである。
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