正 月 行 事
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                                  正月の行事 二題      菅原 常雄
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  餅つきの写真は、昭和18年12月30日の撮影である。場所は第2生徒館の食堂の前で、時刻は夕方。午後の訓練を終わって、生徒館に駆け足で帰る途中、写真の光景に遭遇、フワフワと立ち昇る温かそうな湯気に娑婆の暮を思い出した。杵を振り上げているのは紺野校長で、増澤生徒隊監事、杉山教官などの顔も見える。日ごろは厳しい教官もこの時ばかりはニコニコ顔であった。
 観能の方は、明けて昭和19年1月4日、観世銕之丞(てつのじょう)一座の舞台である。出し物についてはなかなか思い出せないでいたところ、同期の門脇倹治君が新作能の『皇軍艦(みいくさぶね)』(註)と教えてくれた。たしか赤道を前に魔物に行く手を阻まれていた艦がいろいろと悪戦苦闘の荒事の末、見事魔物を追い払って赤道神から鍵を貰い、赤道を乗り越えて勇躍新しい戦場に向かうといった筋だったように思う。幽玄な能の舞台に日ごろの苦労を忘れて、しばし夢のような非現実の世界に浸った思いがある。写真にはないが、この餅つきと観劇の行事は、昭和19年の秋品川校に移転してからの翌昭和20年の正月にも行われた。記録によれば、1月3日松本幸四郎一座を招いて歌舞伎鑑賞があり、演目は『戻り橋』『寺子屋』『乗合船』となっている。スジは残念ながら忘れてしまったが、もうその頃は、戦局も逼迫し、われわれも歌舞伎を楽しむゆとりをなくしていたのだろうか。それにして餅つきの方はハッキリ覚えているのに、歌舞伎の方はすっかり忘れてしまったというのは我ながら情けない話、往時茫々というのも苦しい言訳か。
 振り返ってみれば、観世といい、幸四郎といい、当代一流の役者を招いての観劇とは、海経の一流主義もここまで徹底していたのかと、今更のように感心するほかはない。

  (註) 『皇軍艦』(みいくさぶね)  新作能(昭和18年)
       佐古小尉(しょうじょう)作詞、 観世華雪作曲、 
       初演は昭和18年5月 華族会館恩賜能舞台。
        (三省堂『能の事典』より)
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